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「Thrill Me」 thrilled me/「キャッツ」はやっぱりとくべつな作品

7月28日(土)天王洲銀河劇場。「スリル・ミー」。いやーこれは素晴らしかった。全力で拍手&スタオベ。久々に観劇後「こ、声が出ない・・」という状態になりました。前回は5月に観たフィリップ・シーモア・ホフマンアンドリュー・ガーフィールドの「セールスマンの死」のとき。

以後、びみょうなネタバレ含みますので内容を全く知りたくない方はスルーしてくださいね♪
 
今回の「スリル・ミー」は日本人キャスト3組と韓国人キャスト1組。昨年六本木のアトリエ・フォンティーヌでやったときのオリキャス田代さんと新納さんも相当魅力的だったのですけど、ここは韓国キャストの日程をチョイス。演出は栗山民也さん。「私」はチェ・ジェウンさん、「彼」はキム・ムヨルさん。
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 「スリル・ミー」は1924年に実際に起きた「レオポルド&ローブ」事件を基にしてステファン・ドルギノフさんがつくったミュージカル。2005年にオフ・ブロードウェイで上演された作品。Outer Critic AwardなんかにもノミネートされてワシントンDCやボストン他全米各地とオーストラリア、ロンドン、韓国で上演が続いています。んーでもこれに似た作品を90年代に観たことあるんだよね。ずいぶん前なので詳細は忘れてしまったけど。もしかしたらブライアン・デ・パルマ監督が監督した映画「ブラック・ダリア」で知られるようになった未解決の殺人事件をモチーフにした舞台と混同しているかもしれませんが。こういう事件って作品化されやすいしね。オフオフの小劇場で上演されたものなんで記録を調べることもできないのでどうしようもないけどもっとちゃんと記録をとっておけばよかったなあ。当時は毎日忙しくすごしていたのでそんな余裕はなかったけど今となっては非常に悔やまれます。                                          
18才と19才の裕福な家庭に生まれ育った二人が引き起こした少年誘拐殺人事件。ニーチェの「超人」思想に傾倒するローブ、「自分たちは完全犯罪を成し遂げる能力がある」という思い。レオポルドが車をレンタルし、少年を誘拐。まもなく殺害し、湖の排水構に隠すものの(酷い!)、すぐに発見されてしまい、捜査の手がレオポルドのもとに。二人のアリバイ工作も崩れ逮捕されて刑務所に収監される。冒頭シーンは34年を経て仮釈放の審査に臨む「私=レオポルド」の告白から始まる。いったいなぜ彼らがこんな事件を引き起こしたのか、そしてそのときまで封印していた「私」のひみつがピアノのメロディと共に二人の言葉で語られていく構成。                    
「私」と「彼」をつなぐ契約書。「私」の眼はその心と同じく暗く深くそして静かに沈んでいる。そこにあるのは間違いなく「愛」と呼ばれるものなのに。チェ・ジェウンさんの演じる「私」はとても切ない。報われない愛、でも怒るでもなくひたすらその眼が、手が自分の元に向けられるのを待っている。二人は血と血で結ばれていることを信じている。この作品、「愛」が主テーマであることはもちろん疑いのないとこだけど私はどうしても社会的な背景を考える。実際の事件をはっきりとモチーフにしているのでそれを無視して考えることはできない。「何故彼らがこんな事件を起こしたか」は表面からちょっと隠れたところに存在している。見えるひとには見える、「スリル・ミー」をろまんちっく話だと思ってるひとには一生見えないだろう。ま、それもいいけど。                         
   
「私」を演じたチェ・ジェウンさんはアニー・プルーの「ブロークバックマウンテン」のイニスを彷彿とさせる。というかあのヒース・レッジャーが演じたイニスそのものだ。1950年代に生きたイニスが虐殺を恐れ、「ひみつ」にしておかなければいけなかったこと、レオポルドとローブが生きた1920年代なら尚更だ。まして彼らはエリート家庭に育った若者だ。許されるわけはない。だからああするしかなかった。かわいそうな二人。             

でもあんなふうに相手を愛したい、って思ったことはなかっただろうか?私にはあった。この世の他の誰もいらない、私と彼だけでいい。二人だけの世界で生きていたい、って真剣に思っていた。もう思い出せないくらい遠い昔のことだけれど。二人が交わしていた血の契約書。キリスト教倫理社会では、まして彼らの生きた時代ではほぼ不可能だった愛の形を維持するにはこんなものまで必要だったのだ。「異端」であること、神にそむいている自分たち。それがどれほどつらかったことか。彼らだってちゃんと「神の顔を仰ぎ見ること」が許されていたはずなのに                                                                     
でも今でもそんなに事情は変わってないのかもしれない。ニューヨークやロンドンや東京や大都市なら可能でもその場所から外に出てしまったら彼らが生きにくい状況は余り変ってない気がする。先日のロケで会ったひともそう言っていた。いまアメリカではLGBTの権利拡大の機運が高まってるし、オバマ大統領が同姓婚支持の発言をしていたけれど全体から見たらやっぱり少数派だ。他の多くの国よりましかもしれないけれど所謂「ノーマル」なひとたちより色んな面で不便をかこっているのは間違いない。無言のうちに行われる「差別」も含めて。                
 「スリル・ミー」は本当に素晴らしかった。来年3月の再演も楽しみだ。                
                  
                                   
(「キャッツ」のネタはまた後日)
 
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